初場所 18日前情報!

白鵬

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(12日初日、両国国技館)の新番付を発表。
横綱白鵬は4場所ぶりに東に戻り、東京・墨田区で会見。
43度目の優勝を果たした先場所後、「優勝50回」の目標を掲げたが「五輪が終わったら目標を失うというのが見えた。大きい夢があればモチベーションを保ってやっていける」と説明した。
横綱審議委員会から、かち上げや張り手に苦言も上がった。
それでも「自分は自分の相撲を取るだけ。禁じ手というわけでもない」と意に介さなかった。

 

貴景勝

<第8回日刊スポーツ大相撲大賞(7)>
大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が「敢闘精神にあふれたで賞」を、文句なしで受賞した。
日本相撲協会は本場所中、来場者や協会公式アプリの有料会員から幕内、十両の「敢闘精神あふれる力士」としてアンケートを募っている。
6場所90日のうち、貴景勝が幕内1位を23回獲得して最多。
さらに1位を3点、2位を2点、1位を1点で算出しても、唯一の3桁となる102点でトップに立った。
新大関だった5月の夏場所を途中休場、7月の名古屋場所を全休。
休場数は25回に及んだが、迫力ある押し相撲を武器に、土俵に立てば圧倒的なファンの支持を集めた。
3月に大関昇進を果たした一方で、その後は右膝や左胸の負傷にも苦しんだが、その経験も前向きにとらえる。
「いいことも悪いこともたくさんあった。大関にも上がってけがもあったけど、この1年で自分の中では深みが増した気がする。来年にも生きてくると思う」。
冬巡業の朝稽古では幕内力士の中でも早く稽古場に現れ、土俵下で幕下、十両の稽古の様子を観察。
四股や腕立て伏せなどの基礎運動をこなしながら、琴勝峰や豊昇龍、霧馬山らホープに稽古をつけ、看板力士として巡業を盛り上げた。
来年1月の初場所(12日初日、東京・両国国技館)に向けて「体をしっかりつくって臨みたい」と、静かに闘志を燃やした。
“武士道精神”を重んじる23歳が、来年20年も角界の顔になる。

 

豪栄道

令和元年秋場所以来、自身9度目のカド番。

 

朝乃山

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(12日初日、両国国技館)の新番付を発表。
新三役(小結)だった11月の九州場所で11勝を挙げた朝乃山(25)が新関脇へ昇進し、東に座った。
今月64歳の誕生日を迎えた師匠の高砂親方(元大関朝潮)は1年後に定年となる。
東京・墨田区の高砂部屋で会見した朝乃山は、それまでに大関昇進の吉報を届けられるよう自らを奮い立たせた。
年は改まっても、番付を駆け上がる勢いは止まらない。
先場所は新小結で11勝、新春の土俵は新関脇で立つ朝乃山は「今の番付より、もっと上を目指す。常に挑戦者の気持ちで挑んでいる」と目線を上げた。
会見に同席した師匠の高砂親方も新小結の昭和55年夏場所で10勝し、朝乃山と同じく翌場所に新関脇へ。
その地位でも11勝を挙げ大関候補とされながら、実際に手が届いたのは3年後だった。
右四つ左上手の型を持つ弟子に「オレは惰性でやっていたから。しっかり自分の相撲をつかみ取る気持ちでやらないと…」と注文する。
同親方は来年12月に協会の定年の65歳となる。
初場所の成績次第では大関とりが実現する可能性もある朝乃山は「2桁勝たないと意味がない。親方の期待に近づけるように頑張りたい」と明言した。
高砂部屋は例年、年明け3日に稽古はじめ。
その後に先々代5代目(元横綱朝潮)、先代6代目(元小結富士錦)の歴代高砂親方へ墓参する。
朝乃山ら若い力士は面識がないが、部屋の伝統を肌で感じる大切な時間だ。
朗らかな現師匠とのやりとりも、きっと財産になる。
朝乃山は年末、富山県へ帰郷するという。
それを聞いた高砂親方は間髪を入れず「『秘密のトレーニング、山籠もりでもする』といっておけばいい。『どこの山ですか』と聞かれたら『富山』です、と。一緒だっちゅうの。最後にオチをつけました!」。

 

高安

大関降下は11月の九州場所の栃ノ心以来。
3場所連続で大関降下力士が出るのは昭和以降初めて。
初場所で2桁勝利を挙げれば陥落場所の特例で大関に返り咲く。

 

阿炎

平成18年名古屋場所~19年初場所の稀勢の里以来、4場所連続の小結。

 

大栄翔

24日に発表された大相撲初場所(来年1月12日初日)の新番付で、大栄翔が新小結に昇進した。
埼玉県草加市の追手風部屋で記者会見し、「今年の目標だったので、すごくうれしい。場所を重ねるごとに力が付いていると実感できた」と喜んだ。
追手風部屋からの新小結は平成30年夏場所の遠藤以来。
埼玉県からは令和元年名古屋場所の阿炎以来、戦後5人目。
3月の春場所から幕内上位で一進一退し、ようやく壁を越えた。
先場所2日目には白鵬に土をつけ、「自信になった。自分は前に出るしかないと改めて思った」という。
得意の突き押しで真っ向勝負し、東前頭筆頭での勝ち越しにつなげた。
年始に掲げた「三役昇進」「初の三賞」「初金星」の目標全てを達成した。
「目標の三役にやっとなれた。同年代が多いので負けられない」
「また新しい一年が始まる。東京五輪もあるが、自分は相撲で盛り上げたい」と役力士としての自覚を口にした。

 

豊山

日本相撲協会は24日、大相撲初場所(来年1月12日初日・両国国技館)の新番付を発表した。
先場所8勝の豊山(新潟市北区出身)は、変わらず西前頭9枚目。

 

琴恵光

来月12日から始まる大相撲初場所の番付が発表されました。
宮崎県延岡市出身の琴恵光関は、前頭13枚目でのぞみます。
日本相撲協会が24日発表した大相撲初場所の番付。
延岡市出身の琴恵光関は、先場所から番付を6つ下げ、西の前頭13枚目で幕内8場所目となる土俵にのぞみます。
琴恵光関は先場所、前頭7枚目で土俵に上がりましたが、5勝10敗と負け越しました。
大相撲初場所は来年1月12日に初日を迎えます。

 

霧馬山

大相撲初場所(来年1月12日初日)の番付で新入幕を果たした霧馬山が24日、東京都墨田区の陸奥部屋で記者会見に臨み、「十両になった時の次の目標だった。今度は三役を目指したい」と抱負を述べた。
陸奥部屋からの新入幕は、平成20年夏場所の白馬以来。
「幕内ならモンゴルでもテレビで映るのがうれしいし、楽しみ。次の目標は三役」
相撲未経験ながら、初土俵から5年足らずで出世した。
飛躍のきっかけは、師匠の死去に伴い9月の秋場所後に転属してきた鶴竜。
モンゴルの大先輩に見守ってもらう中、ノルマを課されていた食事をこなせるようになって体重が増え、前まわしを引いて頭をつける攻めに迫力が増したという。
師匠の陸奥親方(元大関霧島)は「喜びは一瞬。けがをしない体をつくりながら、稽古量を増やしてほしい」と期待を寄せた。

 

返り入幕

元関脇の勢は5場所ぶりの幕内復帰。
同じく関脇経験者の栃煌山と魁聖も再入幕。
元大関の照ノ富士は10場所ぶりに十両に復帰した。

 

返り十両

元大関の照ノ富士が10場所ぶりに十両に復帰した。
他の再十両は元小結の千代鳳、朝玉勢、美ノ海、魁。新十両はいなかった。

 

春日野巡業部長

大相撲の十両貴源治(22)=千賀ノ浦=が冬巡業で、インフルエンザ感染中に相撲を取らされたことが発覚。
日本相撲協会は23日、事実関係を認めたが、関係者への処分はなく、浮き世離れした言い訳に終始した。
11日の佐賀巡業で体調不良を訴えた貴源治は、病院で「インフルエンザA型」の診断を受け、「少なくとも5日間または解熱後2日間は自宅安静を要する」との診断書を提出。
しかし、春日野巡業部長(元関脇栃乃和歌)の判断で取組に出場するよう指示された。
芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「相撲を取らせてしまったことは間違いだった。今後の対策として、そうなった場合は、すぐに隔離すると、しっかりまとめました」と報告。
「十両はたまたま(冬巡業の)最終日。病院に行って帰ってきたのが取組の寸前で、対策がなかなか取れなかったところは落ち度」と弁明した。
貴源治の師匠である千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)に対しても、八角理事長(元横綱北勝海)が謝罪したという。
九州を中心に1日から始まった冬巡業では、インフルエンザで少なくとも関取衆8人以上が休場。
そんな状況で、感染力士を取組に出場させた管理責任を、真っ先に問われるべきは巡業部トップの春日野部長だろう。
ところが、春日野部長は「自分の言うことは広報部に話した」と答えるのみ。
芝田山部長は「取組、土俵入りの人数が少なくなる中で、巡業部長もいろいろ苦心していたと思います」と擁護し、処分は下されなかった。
また、巡業は力士と観客が接する機会も多く、会場が狭いため感染拡大のリスクも大きいが、そこまで気が回らなかったのか、来場者に対するお詫びは一切なかった。
2016年初場所では、安美錦(現安治川親方)がインフルエンザで6日目から休場も、2日休んだだけで8日目から再出場した例がある。
職場や学校ではインフル感染者は、本人の意思にかかわらず発症から5日程度の強制隔離が当然のルール。
2日で出てくることなど考えられないが、角界では特に問題視されることもなかった。
客商売でもある相撲協会全体が、いかにインフルエンザに対する認識が甘いかが、今回の件で改めて露呈した形だ。
監督官庁でもある文部科学省が、徹底的に指導に乗り出すべきだろう。

 

1918(大正7)年5月の大相撲夏場所

1918(大正7)年5月の大相撲夏場所は休場者が相次いだ。
流行性感冒によるもので世間は「相撲風邪」と呼び、「力士病」ともいわれた。
これが悪名高い「スペイン風邪」の日本における先がけとなった。
39万人が亡くなったスペイン風邪の日本での大流行は同年秋で、相撲風邪は後年「春の先触れ」と呼ばれる。
この時は力士に死者はなく、大流行の際も相撲界では感染者が少なかった。
予防注射の役割を「先触れ」が果たしたらしい
相撲界と流行性感冒といえば、江戸時代に無敵をうたわれた横綱・谷風が「風邪」で亡くなったのも有名な話である。
力士間の感染症流行は世の注目を集めてきただけに予防策は万全と思ったが、実際はそうでもなかったようである。
大相撲の十両・貴源治がインフルエンザに感染しながら、協会の指示で巡業の取組に出ていたとして問題になった。
感染の報告が取組間際だったために対応できなかったというが、当然ながら今後は直ちに休養させる方針を確認した。
この巡業では関取ら約30人が感染、休場者が相次いでいたという令和版・相撲風邪である。
今季のインフルエンザは流行開始が早く、最新のデータでも全国的な感染が例年に比べて広がっている。
流行のピークは年明けとなりそうだ。
つい先日は長野県で小6女児がインフルエンザ脳症で亡くなった。
子どもや高齢者らの命を守るためにも、感染を広げぬ努力にわずかな隙も作りたくない。
令和版・相撲風邪からくみ取るべき教訓である。

 

豪風現役引退

大相撲の元関脇豪風(本名・成田旭、北秋田市出身)が1月、39歳で現役生活に終止符を打った。
東十両12枚目で臨んだ初場所は、懸命の取組が続いたが結果は伴わなかった。
9敗すれば幕下転落が避けられない状況で、9日目に早々と負け越し。
10日目の1月22日に現役引退を表明した。
「悔いは一つもない。長くやった分、多くの方に見ていただけた」と満足感を漂わせた。
幕下付け出しでデビュー以来、通算100場所を務め、98場所を関取として戦った。
生涯戦績は687勝746敗46休だった。

大相撲九州場所(福岡国際センター)
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