本場所 10日目 情報!

■貴景勝
貴景勝が馬力自慢の玉鷲を破り、大関復帰まであと3勝とした。
相手をよく見ながら下から下から突き上げる攻めで押し切り、「あまり覚えていないが自分の相撲を取ろうと思った。当たりが強いし、負けないようにした」と振り返った。
全休明けの今場所は引く場面も目立って連敗もしたが、ここ2日は好内容。
賜杯争いでは1差で追う展開になっても「毎日、一生懸命やり切った先にある」。
2度目の優勝は意識せずに目の前の一番に集中する。

■朝乃山
朝乃山が驚異的な逆転で7勝目をつかんだ。
阿炎の突き押しにのけぞり、背中を取られかけたり、泳がされたりしても冷静だった。
左を差して攻めをこらえると、土俵際で右も入れて体勢を入れ替えて寄り切った。
柔らかさと腰の重さを存分に示した一番に「半身で残して落ち着いて取れた。体が動いてくれた」と納得した。
自己最高位の東前頭筆頭で負け越した先場所の反省もあり、勝ち越しに王手をかけても満足はしていない。
「一日一番しっかり自分の相撲を取りたい」と先を見据えた。

■隠岐の海
隠岐の海がよもやの形で初黒星を喫した。
竜電を押し込み、いなして横を向かせたまでは自分の流れだったが、左足が流れて土俵に横転。
「体も気持ちも良い感じだったけど」。悔いが残った一番に歯切れが悪かった。
周囲からの期待をいやが上にも感じていたと明かし、「そういうのを力にできるようにしていかないと。これも自分の弱さ」と受け止めた。
1敗で明生に並ばれたが、「プレッシャーに負けないように頑張りたい」と気を引き締め直した。

■明生
隠岐の海が敗れたことを、明生は風呂から上がって知った。
「並んだんすか?」。新入幕から1年余りの伏兵が、横綱不在の場所を引っ張る立場になった。
自己最速9日目での勝ち越しをかけた一番で、琴奨菊に頭からぶつかった。
馬力がある元大関に寄り立てられながらも落ち着いていた。
土俵際ですくい投げ。八角理事長を「力がある。動きがいい」とうならせた。
相撲部屋の多くが国技館の周辺に居を構える中、明生の立浪部屋は茨城県つくばみらい市にある。
往復で2時間。他の部屋は関取の多くが車で送迎されるが、明生は電車通勤だ。
「移動だけで疲れるから」と朝稽古は軽め。だから、場所中以外の稽古を大事にする。22日間あった夏巡業で土俵上の稽古を休んだのは1日だけ。
「普段は出稽古にいけないので、連合稽古や巡業でみんなと稽古をしないのはもったいない」
24歳の稽古ぶりは他の力士も認めるところ。横綱鶴竜は「一番やっていた。土俵の中だけでなく、外でもやっていた。また上がってくる」と評していた。
相撲が盛んな鹿児島・奄美群島にある、瀬戸内町の出身で、中学から入門して8年がたった。
地力はつきつつあるが、まだ賜杯争いには無欲だ。
「全然。考えずに一生懸命やるだけっす」。
そう言って、いつも通り、JR総武線の電車に乗り込んだ。

■豊ノ島
西前頭14枚目の豊ノ島が、5日目から5連敗を喫し、1勝8敗と負け越しが決まってしまった。
今場所初めて十両力士との対戦となった相手は、過去4度の対戦で全勝の西十両3枚目の若隆景。
右から張って125キロと軽量の相手の出足を止めた。
左右の動きにも対応し、相手と正対したが、得意の左を若隆景にうまく封じられ出足を止められた。
押っつけで上体を伸ばされ、最後は苦しい体勢から押し出された。
16年初場所以来の幕内勝ち越しは、またもお預け。
それ以上に痛手を負ったのは、右足のアキレス腱付近の痛みだ。
「たぶん大丈夫とは思うけど、押し込んで踏ん張った時、足首にちょっと嫌な音がしたんでね。あれで力が抜けた感じになった」。
場所前の稽古で右足首付近を痛め、満足に稽古できなかった。
それをかばっているうちに「元々よくなかった。蓄積された古傷とか」と話す、膝も悪化させた。
そして、この日のアクシデント。「軽い肉離れかもしれない。今のところ大丈夫っぽいけど、明日への影響がなければいいけどね…。たぶん大丈夫」と鼓舞するように話したが「明日になって(痛みが)でるかもしれない」と不安は隠せない。
負け越したことは「これだけやってれば負け越すこともある」と、さほど意に介さないが「納得いく相撲を取れていないのが一番のはがゆさ。
楽しんでやりたいけど思うようにいかない」現状が、胸のつかえになっている。ここは何とか踏ん張りどころだ。

※井筒親方
大相撲の元関脇逆鉾の井筒親方が16日夜、東京都内の病院で亡くなった。
58歳だった。井筒部屋の関係者が17日に明らかにした。
鹿児島県加治木町出身。1978年初場所で父の元関脇鶴ケ嶺が師匠の井筒部屋から初土俵を踏み、82年九州場所新入幕。
父譲りのもろ差しのうまさを生かして活躍し、幕内在位57場所。
関脇は12場所務めた。殊勲賞5回、技能賞4回受賞。金星は7個獲得。
長兄は元十両鶴嶺山、弟は元関脇寺尾で、井筒3兄弟としても知られた。
92年秋場所を最後に引退し、年寄春日山を襲名。
師匠定年後の94年4月に井筒に名跡変更して部屋を継承。横綱鶴竜を育てた。

※大相撲名古屋場所(ドルフィンズアリーナ)
大相撲を見逃した!もう一度見たい!方はこちら。