2019.07 本場所 11日目 情報!

■高安
左肘を痛めている高安が、初顔の明生を冷静にさばいて連敗を免れた。
右に動いて狙った上手は引けず、今度はその右で圧力をかけた。
最後は左も差し手に使って寄り切り、「きょうは落ち着いていたし、前に出られた」と一息ついた。
土俵上で顔をしかめた姿からも、患部の状態は万全にはほど遠いといえそうだが、「残り5日、自分らしい相撲を取りたい」。ただ一人出場している大関としての意地をにじませた。

■北勝富士
北勝富士が7連勝で3場所ぶりの勝ち越しに王手。
新小結竜電の左差しを強烈におっつけて勝負をつけ、「引かずに前に出たのがよかった」と自賛した。
この一番に備え、相手の負けている形をチェックして土俵に上がったという。
思い通りの取り口で難敵を攻略したが、「連勝は意識せず一日一番、大事にやるだけ」と表情を引き締めた。

■妙義龍
妙義龍が4場所ぶりに給金を直した。
鋭い当たりから、松鳳山の引きにも乗じて一気に前進。
鮮やかな速攻を披露し、「自分らしい相撲で決められてよかった」と満足げだった。
直近3場所は6勝が最高。苦戦した内容を反省し、稽古を積んだという。
「腰を決めてのてっぽうに低い踏み込みとか。それで自分の相撲を思い出した」。元関脇の実力者は充実した表情だった。

■友風
友風が貴源治を上手投げで転がし、序ノ口デビューから13場所連続の勝ち越し。
年6場所制となった1958年以降の初土俵では、琴欧州、栃煌山と2位に並び、「無我夢中。圧力をかけ、自分の相撲が取れている」と納得の表情を見せた。
右膝のけがで休場している兄弟子、嘉風から助言も生かし好調を持続。「きょうは喜んでいいと思うが、あと5日ある。これからいい相撲を取りたい」と終盤戦を見据えた。

■炎鵬
幕内最小兵の炎鵬が錦木を寄り切りで下し、7勝目を挙げた。
立ち合いで当たってすぐに相手の懐に入り、左で前まわしを引く。
だが、怪力の錦木に左で首を抱え込まれるような形になり「首が折れるかと思いました」と苦笑い。
そこから小刻みに動いて反撃開始。相手が強引に出てくるところを「半分捨て身で抜きました」と錦木の腕を振りほどいて態勢を立て直す。
右で前まわしをつかむと、巨体を浮かしながら寄り切った。
「(相手の腕が)ほどけた後は動くしかないと思って無我夢中でした。止まったらダメだと思いました」
2連勝で勝ち越しに王手を懸けた。
だが、新入幕の先場所は9日目に7勝目を挙げながら、そこから6連敗を喫し痛恨の負け越し。
「先場所のことがあるので一日一番、自分の相撲を取れれば」と気を引き締めた。
この日、同じ伊勢ケ浜一門の十両・安美錦の引退が明らかになった。
「初めて(十両で)対戦した時は雰囲気が凄くて、怖かったのを覚えています。でも巡業の時にはいろいろ話しかけてもらって、凄い優しい方でした。自分も40歳までとは言わないですけど、それくらい活躍できる力士になりたいと思います」と話していた。

■照強
兄弟子の安美錦が引退を表明した後で臨んだ一番。
照強は目の色が違った。
重い千代丸に低く当たり、右からのいなしで崩す。
向き直った相手を素早く押し上げて快勝。
「絶対勝とうと思って土俵に上がった」。見事に白星を贈った。
宿舎で引退の意向を伝えられ、「俺の分まで頑張れ」との言葉に万感の思いがこみ上げた。
2010年春場所で初土俵を踏んで以来、私生活でも厳しい指導を受けた。
ひたむきな兄弟子との鮮やかな記憶と感謝の気持ち。それに報いたかった。
「しっかり踏み込んで真っ向勝負しないと次がない」。だから、169センチの小兵は193キロの巨体に臆せず挑んだ。
「立ち合いの形は10種類以上ある」そうだが、今場所は相手をごまかすような変化をしないように心掛ける。
3場所目となった幕内で初めて勝ち越せた要因の一つだろう。
「僕が言うことは難しすぎて理解できていないと思う」という安美錦の背中を追い、番付を上げてきた。
照強は「教わったことは人生の財産」と言い切る。
普段の軽妙な語り口も、この日ばかりはなく、口ぶりに強い決意をにじませた。

※安美錦
大相撲の元関脇で西十両11枚目の安美錦(40=伊勢ケ浜)が現役引退を表明した。
名古屋場所2日目に古傷の右膝を痛めて休場し、来場所は幕下への陥落が確実となっていた。アキレス腱、断裂など度重なるケガを乗り越え、関取在位117場所は歴代1位タイ。
記録にも記憶にも残る名力士が、22年半の土俵人生に別れを告げた。
今後は年寄「安治川」を襲名し、同部屋付きの親方として後進を指導する見通し。後日、記者会見を行う。
安美錦が伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に引退を伝えたのは14日昼。「よくここまで頑張ったな」と言われると、涙がこぼれた。
この日、師匠が発表した後、安美錦が心境を語った。
「ケガをして、初めて出る選択肢以外のことを考えた。勝負師として一線を引く時なのかなと思った」。右膝は前十字靱帯などが断裂しており「ボロボロ」。再出場の見通しが立たず、来場所の幕下陥落が確実になったところで決断した。
故障と付き合いながらの土俵人生。「ずっと(右膝の古傷と)付き合ってきた。また、最後におまえにやられたかという思い。いい相棒だよ」と漏らした。
右膝のケガがなければ大関になっていた。よく聞くこの見方には、こう反論する。
「ケガがあったから、ここまでやれたんだ」。最初に右膝を故障した時、手術を受ければ半年かかるところを工夫で乗り切った。
翌場所は立ち合いで踏み出す足を左から右に変えた。支える足を変え、故障箇所の負担を軽くする。稽古で鍛え、戦う術を身につけた。
角界屈指の切れ味を誇る出し投げなど、繰り出した決まり手は「45」。技のデパートと言われた舞の海の34手、史上最多勝利の白鵬の41手さえ上回る。
土俵際でもあきらめずに仕掛けるため、40代式守伊之助は「安美錦の相撲は裁きたくない」とぼやいた。
こうして歴代1位の関取在位117場所目にたどりついた。
37歳で左アキレス腱を断裂してからは、引退と背中合わせ。
家族にも支えられた。2女と1男の父でもある。妻絵莉さんの運転で回った治療先は数え切れない。
復帰から1年以上かけて幕内に戻り、17年九州場所で敢闘賞を受賞。「思い残すことはない」と吹っ切れた。
今場所前、2歳になったばかりの長男丈太郎くんが電話口で初めて「あみにしき」としゃべった。「言えたから、もういい。全部やったな」と思えたという。
東京にいる家族にはテレビ電話で引退を伝えた。
すると「これでママが疲れたら、運転交代できるね」という娘の声が聞こえてきた。
「そうだね、練習しないとね」。笑顔で次の人生に踏み出した。

※大相撲名古屋場所(ドルフィンズアリーナ)
大相撲を見逃した!もう一度見たい!方はこちら。