|
大相撲星取クイズで優勝すると、優勝者だけでなく道場主さんも表彰される。賞品(副賞)は両国観戦のマス席チケット。例年、秋場所の7日目か8日目のチケットが贈呈され、案内役として本社の社員も同行する。昨年は私が行った。 ただ相撲だけを見て帰るのも芸がないので、朝稽古も見学した。私が訪問先に選んだのは高砂部屋。なんたって横綱・朝青龍の部屋だ。横綱らしい激しい稽古が見れるかもしれない。同時に、「一ノ矢を見たい」という思いもあった。 一ノ矢(いちのや)充。45歳。今場所の番付は序二段72枚目。最高位ですら三段目の6枚目に過ぎない。なぜそんな力士を見たかったかと言うと、彼が現役最年長であるどころか、歴代最年長の力士だからだ。 鳴かず飛ばずの力士は、だいたい30歳前後で現役に見切りをつける。あるいは親方が廃業を勧める。力が落ちてくる年齢だし、このままズルズルと続けても出世は見込めず、収入も無く、年下の関取の付け人をし続けるのも酷な話だ。それを一ノ矢は、もうすぐ50歳になろうかという年齢で、まだ土俵に上り続けている。何が彼をそうさせているのだろう。稽古を見れば何かが判るかもしれない。とにかく一ノ矢をこの目で見たかった。 |
高砂部屋では、ついに朝青龍は稽古場に現れなかった。最近はめっきり稽古量が減り「1勤1休」だそうだから、運悪く「1休」の日だったのかもしれない。朝赤龍が5分ほどぶつかり稽古を披露してくれた。他に、弓取りをする関取(十両)皇牙も胸を出していた。 お目当ての一ノ矢はたっぷり見ることができた。我々が行った時は三番稽古の真っ最中で、やがて格上の力士たちが稽古を始めると土俵脇で四股、すり足、鉄砲などを黙々とこなしていた。1人だけ滝のような汗を流しながら。ふと、親方がなぜこの老力士に引導を渡さないのか解るような気がした。そこに一ノ矢が居るだけで座が締まる。その稽古ぶりや面倒見の良さも、若い衆の良き手本となっているであろう。 実は一ノ矢は琉球大学(国立)理学部物理学科を出たインテリだ。大学卒業後に高砂部屋へ入門したが、身長が規定(173cm)に満たなかったため、すぐには初土俵を踏めなかった。場所ごとに行なわれる新弟子検査を5回も受けて、最後は恩情でゲタを履かせてもらって力士になった。 根っから相撲が好きなのだろう。それはもう恥も外聞もなく、へんなプライドもなく、ただひたすら相撲を取り続けたいのだろう。そんな一途で真摯な思いが、朝稽古を1回見ただけでも十分に伝わってきた。激しい競争社会で見も心も疲れてきた中年の同輩よ、高砂部屋に足を運んでみよう。一ノ矢が元気を分けてくれるかもしれない。 (2007/01/01) |
バックナンバー 次のエッセイを読む |