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勝負の世界に生きる者は、とかく縁起を担ぎたがる。一瞬で勝負が決まってしまう相撲は、ほんのわずかのタイミングや動きが勝敗を左右しかねない。実力に加えて運も無ければ成績は上がらない。当然、ゲンかつぎも顕著になってくるようだ。 高見盛や北桜が仕切りの最中に行なうパフォーマンスもその一つ。一連の動作は、まるで何かの「型」のように様式化して見える。そうすることでベストのパフォーマンスができると自分を言い聞かせているのだ。土俵上に限らず、玄関を出るときに敷居をまたぐのを左右どちらかの足に決めていたり、部屋から国技館までの道順を決めていたり、負けが込むと道順を変えたり…と、多くの力士は生活のあちこちでゲンかつぎをしているものだ。 もうすっかりお馴染みの黒海のヒゲ面。もともとヒゲが濃い男が、調子が上がってくるとヒゲを剃らなくなるので、終盤には顔の下半分が真っ黒になる。もっとも負けが込んでくると、厄落としの意味で毎日せっせとヒゲを剃る。星勘定をしなくても顔を見れば、黒海の成績の良し悪しが判る。 ヒゲを剃らないだけならいいほうで、中にはチョンマゲを洗わない力士もいる。稽古で汗をかき、取り組みでも汗をかき、おまけに土俵の砂や汚れまで付けた頭を洗わないのだから、その匂いたるや尋常ではなかろう。テレビでは判らないが、そばを通っただけでプーンと臭気を放っている力士もいるらしい。 |
負ける、手をつく、土がつく、黒星といった言葉は縁起が悪い。勝ち、勝ち越し、白星、金星といった言葉は歓迎される。 面白いところでは、顔にホクロのある力士が、ホクロ=黒星を連想させるので、絆創膏を貼って隠していたという。場所中はサインに応じない力士もいる。サインをする時に握る黒マジックが黒星を連想させるからだ。ひょっとすれば黒以外のマジックを差し出せば、サインしてもらえる確率が高まるのかもしれない。 某自動車メーカーの調査によると、相撲関係者の購入する車は圧倒的に白が多く、その理由として白星を連想させるからだと書かれていた。あるいは某力士がブレスレットをしているのを親方から咎められた時に、苦し紛れに「これは金のブレスレット。金星が入るようにとのおまじないです」と言ったら許してくれたという。 飲食物にも、当然ながら、こだわりがある。酒豪ぞろいの力士たちも、サントリーオールドだけは好まない。黒くて丸いボトルが黒星を連想させるからだ。ビールではキリンが敬遠される。ラベルに印刷された麒麟の絵が、土俵に手を付く姿を連想させるらしい。反対にサッポロの大きな☆マークは白星を連想するので歓迎される。 間もなく大相撲九州場所。初日の朝は、鶏肉を使ったチャンコを作る部屋が多い。「ニワトリのように2本の足でしっかり立っていられるように」という思いが込められているのだ。 (2006/11/01) |
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