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誰でも一度は『のたり松太郎』を読んだことがあるだろう。初めてビッグコミック誌に掲載されたのは1973(昭和48)年。主人公の松太郎は落第をくり返す18歳の中学生だった。あれから30年。嬉しいことに、松太郎はいまだ現役で相撲を取っている。 かくも長きにわたって連載が続いているのは、読者の持続的な支持があるからに他ならない。30年もたてばビッグコミックの読者層も変わり、相撲人気の高騰や低迷もあったろうが、『のたり松太郎』の面白さはいっこうに色褪せない。その秘密はどこにあるのだろう? 例えば作者 ちばてつや の味わい深い画風。『あしたのジョー』の矢吹丈、『あした天気になあれ』の向太陽など、ちば作品の主人公は貧しい家の出が多い。彼らの住む町並みや家の中の様子には、どこか懐かしさや郷愁が漂っている。 『のたり〜』に関して言えば、土俵上での対戦以外はもちろんのこと、それ以外の場面もかなり凝って描かれている。国技館の前に立ち並ぶノボリ、支度部屋の明荷、呼び出しが叩くふれ太鼓、土俵下の塩籠など、相撲ファンが喜びそうなマニアックな背景がそこかしこにある。 |
力士の日常がかいま見られるのも楽しい。一般人は知ることのない力士の生活が、いかにも「それっぽく」描かれている。 力士たちの部屋の様子を見るのが好きだ。巡業先の大部屋でザコ寝する力士たちの回りには週刊誌が散らばり、ラジオや蚊取り線香がある。関取の個室には相撲雑誌やダンベルが無造作に置かれ、壁には番付表や三賞か何かの賞状と一緒にアイドルのポスターなんかも貼ってある。さらに最近は、相撲の取り組みを収めたビデオテープやノートパソコンなどもあったりする。 付け人の様子も興味深い。1歩後に控えてどこへでもお供をし、競馬新聞を読みながら横たわる関取の体をもみ、関取が携帯電話をかけながら「Vサイン」をするとタバコを差し出す。いかにも今ふうの生活の中に展開される、昔ながらの厳しい上下関係。これまた、いかにもありそうな光景だ。 コミック版『のたり〜』は4年前(2000年1月)に36巻が発売され、その後は休筆が続いている。ちば氏が「ネタ枯れ」したのかもしれない。それはそうだ。30年にわたって持てるだけの知識やアイディアを注ぎ込んできたのだから。だが「休筆」ということは、「再開」するということだ。むりやり最終回に持って行かないのは、ちば氏が『のたり〜』をライフワークと位置付けているためだろう。好きなだけ休んで、じっくりアイディアを練ってもらいたい。 しばらく読むことのなかった『のたり〜』の最新5巻をネットで購入した。正月休みは、ひとつ第1巻から通しで読んでみたい。 (2004/02/01) |
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